【日本の蒸気鉄道】1号機関車から義経・弁慶・しづか、そして国産化へ

鉄道博物館(国鉄7100形蒸気機関車「弁慶号」)

日本の蒸気鉄道について

日本の蒸気鉄道は、1872年(明治5年)10月14日の新橋―横浜間の鉄道開業とともに始まります。開業当初に使われた蒸気機関車は、150形(1号機関車)などイギリスなどから輸入されたもので、日本の鉄道は外国製機関車によってその歩みを始めました。北海道開拓では、「義経」「弁慶」「しづか」の愛称で知られる7100形が活躍しました。

1902年(明治35年)からは国産初の量産型蒸気機関車である230形が製造されるなど、日本の蒸気機関車はしだいに国産化の時代へと移っていきます。8620形、C51形、C57形に代表される旅客用機関車、9600形、D51形に代表される貨物用機関車、また支線や構内で用いられる小型機関車など、用途に応じてさまざまな機関車が整備されていきました。

戦時中には貨物需要が増加し、大きな牽引力をもつ貨物用機関車D52形などが活躍します。戦後は一転、貨物需要の減少により貨物用機関車の一部が余剰となり、D51型、D52形のボイラーを転用した旅客用機関車C61形、C62形が製造されました。

幹線から支線、地方路線へと電化やディーゼル化が進むにつれて、蒸気機関車はしだいにその役割を終えていきます。1975年(昭和50年)12月14日、C57形135号機が室蘭本線で国鉄最後の定期旅客列車をけん引し、日本の蒸気機関車による定期旅客運転はその歴史に幕を下ろしました。

蒸気機関車の分類

蒸気機関車は、大きくテンダー式とタンク式に分類されます。

京都鉄道博物館(国鉄C61形蒸気機関車2号機)
テンダー式蒸気機関車は、機関車の後ろに写真のような炭水車(テンダー)を連結し、そこに石炭や水を積む方式です。多くの燃料と水を積むことができ、長距離運転や本線での運用に適しています。

タンク式蒸気機関車は、石炭や水を機関車本体に搭載する方式です。炭水車を別に連結する必要がないため、全体がコンパクトで取り回しがよく、駅構内での入換作業や支線での短距離運転に適しています。

蒸気機関車の軸配置

蒸気機関車の軸配置(車軸配置)とは、先輪・動輪・従輪の並び方を示すものです。日本式では軸の数で表し、先輪と従輪は数字、動輪はアルファベットで示します。たとえば「2C1」は、先輪2軸・動輪3軸・従輪1軸という意味です。国鉄の形式名に使われるアルファベットもこれに対応しており、C57形の「C」は動輪3軸、D51形の「D」は動輪4軸を表しています。

動輪軸数 アルファベット 代表的な形式
2 B B20形
3 C 8620形 C51形 C57形 C58形 C62形
4 D 9600形 D51形 D52形
5 E E10形

国産蒸気機関車の多くは動輪3軸または動輪4軸で、比較的高速運転の可能な動輪3軸(C)は主に旅客用、比較的大きな牽引力をもつ動輪4軸(D)は主に貨物用として使い分けられてきました。もっとも、旅客用と貨物用の違いは動輪の数だけで決まるものではなく、動輪径の大小や先輪・従輪の配置、さらにはボイラーや火室の設計などによっても特徴づけられます。

イギリスやアメリカを中心に用いられるホワイト式車輪配置では、軸数ではなく車輪の数で表し、先輪・動輪・従輪の順にハイフンで並べます。たとえば日本式の「2C1」は、先輪2軸で4輪、動輪3軸で6輪、従輪1軸で2輪なので、ホワイト式では「4-6-2」になります。

それぞれの軸配置(車輪配置)には、「パシフィック(Pacific)」などの通称があります。

日本式 ホワイト式 通称
1C 2-6-0 モーガル(Mogul)
1C1 2-6-2 プレーリー(Prairie)
2C1 4-6-2 パシフィック(Pacific)
2C2 4-6-4 テンダー式:ハドソン(Hudson)
タンク式:バルチック(Baltic)
1D 2-8-0 コンソリデーション(Consolidation)
1D1 2-8-2 ミカド(Mikado)
1D2 2-8-4 バークシャー(Berkshire)
2D1 4-8-2 マウンテン(Mountain)
2D2 4-8-4 ノーザン(Northern)

黎明期の蒸気機関車

国鉄150形蒸気機関車(1号機関車)

鉄道博物館(国鉄150形蒸気機関車(1号機関車))
日本の鉄道は、1872年(明治5年)10月14日に新橋—横浜間で開業しました。国鉄150形蒸気機関車は、1871年(明治4年)に英バルカン・ファウンドリー社で製造され、日本の鉄道開業にあわせて輸入された日本初の蒸気機関車です。「1号機関車」という愛称で親しまれています。1997年に、鉄道車両として初めて国の重要文化財に指定されました。鉄道博物館で展示されています。

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鉄道博物館(国鉄150形蒸気機関車(1号機関車))
国鉄150形蒸気機関車(1号機関車)は、1911年(明治44年)に長崎県の島原鉄道へ払い下げられ、同社開業期を支えた後、1930年(昭和5年)に保存のため鉄道省へ返還されました。返還にあたり、「惜別感無量」と島原鉄道(島鉄)の創業者・植木元太郎が思いをプレートに記しました。

国鉄7100形蒸気機関車1号機「義経号」

京都鉄道博物館(扇形車庫・国鉄7100形蒸気機関車「義経号」)
国鉄7100形蒸気機関車は、1880年から1889年にかけて米H. K. ポーター社で製造された、テンダー式蒸気機関車です。北海道初の鉄道である官営幌内鉄道の開業にあたり、導入されました。本機はその1号機で、「義経号」の愛称で知られています。京都鉄道博物館で展示されています。

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国鉄7100形蒸気機関車2号機「弁慶号」

鉄道博物館(国鉄7100形蒸気機関車「弁慶号」)
7100形の2号機「弁慶号」です。先端のカウキャッチャー(牛避け)や、ダイヤモンドスタックと呼ばれる特徴的な煙突など、西部開拓時代の蒸気機関車の特徴が見られます。鉄道博物館で展示されています。

鉄道博物館(国鉄7100形蒸気機関車「弁慶号」)
H. K. ポーター社は、ペンシルベニア州ピッツバーグに存在した機関車メーカーです。「369」は製造番号、「1880」は製造年を意味します。

国鉄7100形蒸気機関車6号機「しづか号」

小樽市総合博物館 本館(国鉄7100形蒸気機関車6号機「しずか号」)
7100形の6号機「しづか号」です。7100形は8両製造されましたが、現存するのは「義経号」「弁慶号」そして「しづか号」の3両のみです。「しづか」の名は、義経の側室・静御前に由来します。小樽市総合博物館 本館で展示されています。

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国鉄1800形蒸気機関車

京都鉄道博物館(国鉄1800形蒸気機関車)
国鉄1800形(1801形)蒸気機関車は、明治初期に京都—大津間の急勾配(逢坂越え)対策として導入された、小型のタンク式蒸気機関車です。1881年に英キットソン社から輸入されました。

国鉄1290形蒸気機関車「善光号」

鉄道博物館(国鉄1290形蒸気機関車「善光号」)
国鉄1290形蒸気機関車「善光号」は、1881年(明治14年)に英マニング・ワードル社で製造されたタンク式蒸気機関車です。初めて埼玉県内を走った蒸気機関車として紹介されています。「善光号」の名は、機関車が埼玉県川口市の善光寺付近で陸揚げ・組み立てされたことに由来します。

国鉄5500形蒸気機関車(5540)

青梅鉄道公園 5540(国鉄5500形蒸気機関車)
国鉄5500形蒸気機関車は、1893年(明治26年)から1898年(明治31年)にかけてイギリスのベイヤー・ピーコック社から輸入された、明治時代を代表する旅客用蒸気機関車です。官設鉄道のほか、日本鉄道や総武鉄道などで使用され、とくに日本鉄道の主力機関車として活躍しました。青梅鉄道公園で展示されています。

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国鉄7150形蒸気機関車「大勝号」

小樽市総合博物館 本館(国鉄7150形蒸気機関車「大勝号」)
国鉄7150形蒸気機関車「大勝号」は、1895年(明治28年)に北海道の手宮工場で1両のみ製作された、現存する最古の国産蒸気機関車です。

日清戦争の勝利を記念して「大勝号」と命名され、国有化後に7150形と呼ばれるようになりました。米H. K. ポーター社で製造された、国鉄7100形蒸気機関車の部品が使用されています。

国鉄230形蒸気機関車(233)

京都鉄道博物館(国鉄230形蒸気機関車)
国鉄230形蒸気機関車は、1902年(明治35年)から1909年(明治42年)にかけて41両が製造された、国産初の量産型蒸気機関車です。233は、国の重要文化財に指定されています。京都鉄道博物館で展示されています。

国鉄2120形蒸気機関車(2221)

青梅鉄道公園 2221(国鉄2120形蒸気機関車)
国鉄2120形蒸気機関車は、明治後期に主にイギリスから輸入された貨物用のタンク式蒸気機関車です。青梅鉄道公園に保存されている2221号機は、1905年(明治38年)にイギリスのノース・ブリティッシュ・ロコモティブ社で製造されました。

動輪を3軸備えた中型機で、同系の2100形・2400形などとともに「B6」の通称で親しまれました。「B6」は鉄道作業局時代の形式名で、3動輪のタンク機関車として6番目の形式であることに由来します。日露戦争期の輸送力増強に用いられた後も、貨物列車の牽引や駅構内の入換などに長く使われました。

国鉄9850形蒸気機関車(9856)

鉄道博物館(国鉄9850形蒸気機関車)
国鉄9850形蒸気機関車(9856)は、プロイセン王国(現ドイツ)のヘンシェル・ウント・ゾーン社で製造され、1912年に輸入されたマレー式蒸気機関車です。東海道本線の山北―沼津間や信越本線の長野―直江津間など、幹線の急勾配区間で重量列車の牽引に使われました。

本車両は日本に現存する唯一のマレー式蒸気機関車です。

国産テンダー式国鉄蒸気機関車 C型機

国産テンダー式国鉄蒸気機関車のC型機(動輪3軸)は、旅客列車用を中心に発達した形式群です。幹線での高速運転に適したものから、地方線区で客貨両用に活躍したものまで種類は幅広く、日本の旅客用蒸気機関車の系譜を代表しています。優美な外観で知られるC57形や、日本最大の旅客用蒸気機関車であるC62形など、今日でも人気の高い形式が多く含まれています。

形式 軸配置 製造開始 製造終了 製造数 旅客 貨物 備考
8620形 1C 1914年 1929年 672両 ○ △
C50形 1C 1929年 1933年 154両 ○ △
C51形 2C1 1919年 1928年 289両 ◎幹線
C53形 2C1 1928年 1930年 97両 ◎幹線 輸入C52型を国産化
C54形 2C1 1931年 1931年 17両 ○ 現存車両なし
C55形 2C1 1935年 1937年 62両 ○ △
C56形 1C 1935年 1939年 160両 ○ ○ 愛称「ポニー」
C57形 2C1 1937年 1947年 201両 ○ △ 愛称「貴婦人」
C58形 1C1 1938年 1947年 431両 ○ ○
C59形 2C1 1941年 1947年 173両 ◎幹線
C60形 2C2 1953年 1961年 47両 ○ ○ C59形を改造
C61形 2C2 1948年 1949年 33両 ○ △ D51形ボイラーを転用
C62形 2C2 1948年 1949年 49両 ◎幹線 D52形ボイラーを転用

国鉄8620形蒸気機関車(8620)

青梅鉄道公園 8620(国鉄8620形蒸気機関車)
国鉄8620形蒸気機関車は、1914年(大正3年)から製造された旅客用のテンダー式蒸気機関車です。地方幹線や亜幹線の旅客列車を中心に、一部では貨物列車にも用いられ、「ハチロク」の愛称で知られています。青梅鉄道公園で展示されている8620号機は、672両が製造された同形式の記念すべき第1号機です。

国鉄C51形蒸気機関車239号機

京都鉄道博物館(国鉄C51形蒸気機関車239号機)
国鉄C51形蒸気機関車は、1919年から1928年にかけて製造された幹線旅客列車用テンダー式蒸気機関車です。1928年の称号規定改正により、18900形からC51形へと改称されました。239号機は、天皇陛下が乗車するお召し列車の専用機として活躍しました。

国鉄C53形蒸気機関車45号機

京都鉄道博物館(国鉄C53形蒸気機関車45号機)
国鉄C53形蒸気機関車は、アメリカン・ロコモティブ(アルコ)社のC52形を解析して国産化した幹線旅客列車用テンダー式蒸気機関車です。C52形は国鉄最後の外国製蒸気機関車で、1926年に6両だけ輸入されました。C52形の現存車両はなく、C53形がその面影を伝えています。

国鉄C55形蒸気機関車1号機

京都鉄道博物館(国鉄C55形蒸気機関車1号機)
国鉄C55形蒸気機関車は、1935年から1937年にかけて製造された旅客列車用テンダー式蒸気機関車です。イギリスのマラード号をはじめとした世界的な流線形蒸気機関車の潮流と同時代に登場し、C55形でも20号機から40号機の21両に流線形の外装が採用されました。本機はその1号機(トップナンバー機)です。残念ながら、20号機から40号機の現存車両はありません。

国鉄C56形蒸気機関車160号機

京都鉄道博物館(扇形車庫)
国鉄C56形蒸気機関車は、1935年から1939年にかけて製造された小型軽量テンダー式蒸気機関車です。小海線など高原地帯を駆け抜ける姿から、ポニー(高原のポニー)という愛称で呼ばれました。本機はその160号機(ラストナンバー機)です。京都 鉄道博物館で動態保存されています。

国鉄C57形蒸気機関車1号機

京都鉄道博物館(国鉄C57形蒸気機関車1号機)
国鉄C57形蒸気機関車は、1937年から1947年にかけて製造されたテンダー式蒸気機関車です。その優美な外観から貴婦人と呼ばれています。本機はその1号機(トップナンバー機)です。京都鉄道博物館で動態保存されており、「SLやまぐち号」としても活用されています。

国鉄C57形蒸気機関車135号機

鉄道博物館(国鉄C57形蒸気機関車135号機)
C57形135号機は1975年(昭和50年)12月14日に北海道の室蘭本線で、国鉄最後の蒸気機関車による定期旅客列車をけん引した車両として知られています。鉄道博物館で展示されています。

国鉄C57形蒸気機関車139号機

リニア・鉄道館(国鉄C57形蒸気機関車)
お召し列車を18回牽引したC57形139号機です。リニア・鉄道館で展示されています。

国鉄C58形蒸気機関車1号機

京都鉄道博物館(国鉄C58形蒸気機関車1号機)
国鉄C58形蒸気機関車は、1938年から1947年にかけて製造された客貨両用のテンダー式蒸気機関車です。最高運転速度は時速85キロメートルで、8620形(時速95キロメートル)に近く、牽引力(シリンダ引張力)は12,570キログラムで、9600形(13,702キログラム)に近い性能を持ちます。本機はその1号機(トップナンバー機)です。

国鉄C59形蒸気機関車164号機

京都鉄道博物館(国鉄C59形蒸気機関車164号機)
国鉄C59形蒸気機関車は、1941年から1947年にかけて製造された幹線旅客列車用テンダー式蒸気機関車です。東海道・山陽本線の旅客列車をけん引するため、C53形の後継として設計されました。C53形が3シリンダー式で構造・保守の面に複雑さを抱えていたのに対し、C59形は2シリンダー式を採用して整備性を高めました。

国鉄C60形蒸気機関車1号機

西公園(国鉄C60形蒸気機関車1号機)
国鉄C60形蒸気機関車は、1953年から1961年にかけて、C59形を改造して製作されたテンダー式蒸気機関車です。1953年に東海道本線東京-名古屋間、1956年に東海道本線全線の電化が完了します。C59形は、国鉄EF58形電気機関車などに役割を譲ります。C60形は、余剰となったC59形を有効活用するため、軸重を軽減して亜幹線や地方幹線への入線を可能にした形式です。1号機(トップナンバー機)が、仙台の西公園で展示されています。

国鉄C61形蒸気機関車2号機

京都鉄道博物館(国鉄C61形蒸気機関車2号機)
国鉄C61形蒸気機関車、1947年から1949年にかけて製造された列車用テンダー式蒸気機関車です。第二次大戦後、貨物輸送需要が減少し、D51形、D52形など貨物用機関車が余剰となります。C61形は、D51形のボイラーを転用して製造されました。2号機が京都鉄道博物館で動態保存されています。

国鉄C62形蒸気機関車1号機

京都鉄道博物館(国鉄C62形蒸気機関車1号機)
国鉄C62形蒸気機関車は、1948年から1949年にかけて製造された幹線旅客列車用テンダー式蒸気機関車です。C61形がD51形のボイラーを転用したのに対し、C62形はD52形のボイラーが転用されました。本機はその1号機(トップナンバー機)です。

C62形は、松本零士『銀河鉄道999』の蒸気機関車として知られています。原作および劇場版では「C62 48」、テレビアニメ版では「C62 50」のナンバープレートをつけています。C62形は49号機(C62 49)で製造を終了したため、「C62 50」は架空のナンバーです。

国鉄C62形蒸気機関車17号機

リニア・鉄道館(国鉄C62形蒸気機関車)
C62形17号機は、1954年に蒸気機関車の日本最高速度であり、狭軌の蒸気機関車の世界最高速度である時速129キロメートルを記録しました。リニア・鉄道館で展示されています。

ちなみに、標準軌を含む蒸気機関車の世界最高速度は、マラード号が1938年に記録した時速203キロメートルです。マラード号は、イギリス国立鉄道博物館で展示されています。

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国鉄C63形蒸気機関車1号機(模型)

京都鉄道博物館(国鉄C63形蒸気機関車1号機(模型))
国鉄C63形蒸気機関車は、設計図のみ完成し製造されることのなかった幻の蒸気機関車です。1956年に客貨両用のテンダー式蒸気機関車として設計されましたが、電化・ディーゼル化への移行が進みつつある中で計画は中止され、製造は幻におわりました。京都鉄道博物館で、国鉄C63形蒸気機関車1号機の模型が展示されています。

国産テンダー式国鉄蒸気機関車 D型機

国産テンダー式国鉄蒸気機関車のD型機(動輪4軸)は、貨物列車用を中心に発達した形式群です。大きな牽引力を必要とする幹線貨物列車に適したものから、旅客列車や混合列車のけん引にも用いられたものまで種類は幅広く、日本の貨物用蒸気機関車の系譜を代表しています。蒸気機関車の中で、日本最多の製造数を誇るD51形や、日本最重量のD52形など、今日でもよく知られる形式が多く含まれています。

形式 軸配置 製造開始 製造終了 製造数 旅客 貨物 備考
9600形 1D 1913年 1926年 770両 ○ 愛称「山親爺」
D50形 1D1 1923年 1931年 380両 ○
D51形 1D1 1935年 1945年 1115両 △ ○ 日本最多製造
D52形 1D1 1943年 1946年 285両 △ ○ 日本最重量
D60形 1D2 1951年 1956年 78両 ○ D50形を改造
D61形 1D2 1959年 1961年 6両 ○ D51形を改造
D62形 1D2 1950年 1951年 20両 ○ D52形を改造
現存車両なし

国鉄9600形蒸気機関車(9608)

青梅鉄道公園 9608(国鉄9600形蒸気機関車)
国鉄9600形蒸気機関車は、国鉄の前身・鉄道院が大正期に生み出した、日本初の量産型貨物用蒸気機関車です。「キューロク」「山親爺(やまおやじ)」などの愛称があります。後のD51などにつながる、日本の貨物用蒸気機関の基礎となりました。

国鉄D50形蒸気機関車140号機

京都鉄道博物館(国鉄D50形蒸気機関車140号機)
国鉄D50形蒸気機関車は、1923年から1931年にかけて製造された貨物用テンダー式蒸気機関車です。9600形の後継として登場し、より大きな牽引力を備えた幹線貨物用機関車として活躍しました。1928年の称号規定改正により、9900形からD50形へと改称されました。

国鉄D51形蒸気機関車1号機

京都鉄道博物館(国鉄D51形蒸気機関車1号機)
国鉄D51形蒸気機関車は、1935年から1945年にかけて製造されたテンダー式蒸気機関車です。デゴイチの愛称でよく知られ、日本における蒸気機関車の代名詞ともいえる存在です。1184両もの車両が製造されましたが、本機はその記念すべき1号機です。

国鉄D52形蒸気機関車468号機

京都鉄道博物館(国鉄D52形蒸気機関車468号機)
国鉄D52形蒸気機関車は、1943年から1946年にかけて製造されたテンダー式蒸気機関車です。D51形を上回る牽引力を持つ、日本最大の貨物用蒸気機関車です。第二次大戦で増大した輸送需要に対応するために導入されました。

国産タンク式国鉄蒸気機関車

タンク式蒸気機関車は、炭水車を持たず、石炭や水を機関車本体に積む構造を特徴とします。全長が短く取り回しに優れ、入換作業、支線運用、軸重制限のある線区などで活躍しました。国鉄では小型機を中心に多様なタンク機関車が用いられ、それぞれの用途に応じた形式が整備されました。

形式 軸配置 製造開始 製造終了 製造数 備考
ケ90形 B 1918年 1918年 2両 特殊狭軌線用
ケ100形 B 1919年 1919年 6両 特殊狭軌線用
現存車両なし
1070形 2B1 1925年 1928年 49両 輸入6200形/6270形を改造
B20形 B 1944年 1947年 15両 入換作業用
C10形 1C2 1930年 1930年 23両
C11形 1C2 1932年 1947年 381両
C12形 1C1 1932年 1947年 282両
E10形 1E2 1948年 1948年 5両 国鉄最後の新製蒸気機関車

国鉄ケ90形蒸気機関車

リニア・鉄道館(国鉄ケ90形蒸気機関車)
国鉄ケ90形蒸気機関車は、1918年(大正7年)に2両だけ製造された軽便鉄道用のタンク式蒸気機関車です。もとは東濃鉄道A形として、762mm軌間の軽便鉄道路線で使用されました。1926年(大正15年)に鉄道省所属となり、ケ90形に改称されました。本路線のうち新多治見―広見間は、国鉄太多線を経て、現在のJR太多線の一部となっています。なお当時の東濃鉄道は、現在の東濃鉄道株式会社とは別会社です。

2両とも現存しており、1両がリニア・鉄道館で展示されています。残り1両「ケ91形」は、浜松の堀留ポッポ道で展示されています。

国鉄1070形蒸気機関車(1080)

京都鉄道博物館(国鉄1070形蒸気機関車(1080))
国鉄1070形蒸気機関車は、1925年(大正14年)から1928年(昭和3年)にかけて、6200形および6270形をタンク機関車に改造したものです。6200形は英ニールソン社、6270形は英ダブス社製のテンダー式蒸気機関車です。車軸配置も2Bから従軸を1軸追加し、2B1に変更されています。

国鉄B20形蒸気機関車10号機

京都鉄道博物館(国鉄B20形蒸気機関車10号機)
国鉄B20形蒸気機関車は、1944年から1947年にかけて製造された小型のタンク式蒸気機関車です。停車場や車両基地の構内で車両の入換をするための、入換機関車として使用されました。2002年、梅小路蒸気機関車館の開館30周年を記念して動態復元され、梅小路機関車庫において入換機関車として現役で活躍しています。

国鉄C11形蒸気機関車1号機

青梅鉄道公園 C11 1(国鉄C11形蒸気機関車)
国鉄C11形蒸気機関車は、1932年(昭和7年)から製造された、近距離運転向けのタンク式蒸気機関車です。石炭と水を機関車本体に積むため、炭水車を連結せず、前後どちらの方向にも運転しやすい構造です。都市近郊やローカル線の旅客・貨物列車、駅構内の入換まで幅広く使われました。C11形の記念すべき第1号機が、青梅鉄道公園で展示されています。

国鉄C12形蒸気機関車6号機

小樽市総合博物館 本館(国鉄C12形蒸気機関車)
国鉄C12形蒸気機関車は、1932年から1947年にかけて製造された小型の旅客貨物用タンク式蒸気機関車です。C11形と並行して開発・製造され、用途によって使い分けられました。またC12形をベースに開発されたテンダー式蒸気機関車が、C56形です。

国鉄E10形蒸気機関車2号機

青梅鉄道公園 E10 2(国鉄E10形蒸気機関車)
国鉄E10形蒸気機関車は、1948年(昭和23年)に5両だけ製造された、国鉄最大のタンク式蒸気機関車です。奥羽本線の板谷峠で急勾配を越える列車を後方から押し上げるために造られ、動輪を5軸備えています。国鉄が最後に新造した蒸気機関車でもあります。

青梅鉄道公園 E10 2(国鉄E10形蒸気機関車)
E10形は、列車の最後部に連結して後ろ向きに走る運用を想定し、後方の見通しを確保するため運転台が通常とは逆向きに設けられました。側面からは、炭水車を連結しない大型の車体と5組の動輪を確認できます。

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