高知城の見どころ
山内一豊が築いた土佐の城

高知城は、山内一豊が大高坂山に築いた城です。高知城の「高知」が高知市の、また高知県の名前の由来になっています。北に江ノ口川、南に鏡川が流れていることから、はじめ河中山城(こうちやまじょう)と名付けられましたが、水害が絶えなかったため「河中」の字を嫌い、高智山城と改められ、やがて現在の高知城と呼ばれるようになりました。
江戸時代には高知城を中心に城下町が発展し、1871年(明治4年)に廃城を迎えるまで山内家の城として存在しました。一豊と、「内助の功」の代名詞として知られる一豊の妻、千代の生涯は、NHK大河ドラマ「功名が辻」でも描かれています。
天守と懐徳館

奥に天守、手前に御殿があります。御殿は懐徳館と呼ばれ、天守とともに国の重要文化財に指定されています。

天守からの眺めです。城下町として発展した高知の市街地を見渡せます。

天守には、捕鯨の様子を再現したジオラマが展示されています。

土佐の捕鯨の様子を、船や人々の配置を含めて立体的に見ることができます。

滑車を使って、肉を運んだり皮を剥いだりしたのでしょうか。
追手門

立派な追手門です。追手門と天守を一緒に望める構図は、高知城を代表する景観の一つです。
山内千代銅像

山内一豊の妻、千代の銅像です。千代の院号は「見性院」です。
一豊が信長に仕えて間もないころ、千代のへそくりで「東国一の名馬」を購入し、それがきっかけで一豊の出世につながったという逸話があります。
板垣退助銅像

自由民権運動の主導者として知られる板垣退助の銅像です。
1882年(明治15年)、板垣退助が岐阜で演説中に暴漢に襲われるという事件が発生します。このとき生まれたのが、「板垣死すとも自由は死せず」という言葉です。
山内一豊銅像
追手門の外側には、馬上の山内一豊を表した銅像もあります。高知城へ向かう途中で、千代像や板垣退助像とあわせて見られます。
高知県立高知城歴史博物館
追手門の近くにある高知県立高知城歴史博物館では、土佐藩主山内家に伝来した資料を中心に、高知の歴史と文化を紹介しています。城内を歩く前後に立ち寄ると、建物と城下町の背景を理解しやすくなります。
展示と利用案内は、高知県立高知城歴史博物館の公式サイトを2026年9月19日に確認しました。

高知城の基本情報
以下は、高知城公式サイトを2026年9月19日に確認した情報です。開館時間、料金、公開状況は変更される場合があるため、旅行前に公式サイトの最新案内も確認してください。
- 🔗 公式サイト
- 高知城天守・懐徳館の開館時間、入館料、開催中の催しを確認できます。
利用料金・開館時間 - 📍 住所
- 高知県高知市丸ノ内1-2-1
- 🕒 開館時間
- 高知城天守・懐徳館は9:00〜17:00で、最終入館は16:30です。⚠️ ゴールデンウィークやよさこい祭期間などには、開館時間を延長する場合があります。
- 🚫 休館日
- 12月26日〜1月1日
- 💶 入館料金
-
- 18歳以上 500円
- 18歳未満 無料(学生証などの提示が必要)
- 20人以上の団体 18歳以上400円
対象となる障害者手帳などを提示する本人と、直接介助するために必要な人1人は無料です。
- ⏱️ 所要時間
- 天守・懐徳館だけを見るか、追手門や銅像、高知県立高知城歴史博物館まで巡るかで変わります。最終入館より余裕をもって訪れてください。
高知城のアクセス
アクセス方法は、高知城公式サイトを2026年9月19日に確認しました。
徒歩・路面電車
JR高知駅から高知城までは徒歩で向かえます。路面電車を利用する場合は「高知城前」で下車し、追手門側へ歩きます。
自動車
高知自動車道の高知ICから約15分です。城の北東側に有料の高知公園駐車場があります。

高知城を含む高知の観光スポット、市内交通、モデルコースは、高知の記事で紹介しています。
